toggle
2018-05-25

1/80サン・ファン・バウティスタ

【静岡県藤枝市 宮崎 應男 様】

昨年「サン・ファン・バウテイスタ号」の製作を藤枝市内の当宮崎工房(高齢者用サービス付き賃貸住宅内、1DK10畳のダイニングキッチンですが・・)で取り掛かり、半年くらいかかって5月末に完成しました。
「サン・ファン・バウテイスタ号」は、遠藤周作文学愛好者やカトリック信者の方々にとっては格別の意義がありますが、この船を強く希望する遠藤文学愛好者でカトリック信者の長崎の友人へ寄贈することにしました。その顛末をお知らせいたします。

模型の輸送方法を決めるのはなかなか大変でした。輸送の専門業者に相談すると、美術品輸送の専門部門から見積もりが出ました。藤枝から長崎まで専用の輸送車を一台仕立て、乗員2名で輸送することになるそうで、経費は締めて三十数万円かかることが判りました。これでは年金生活者には到底無理ですし、このお金があればキットをたくさん買えます。いろいろ調べた結果、輸送箱の三辺合計を200cm以内に抑えるとJRの客車(新幹線・在来L特急含め)へ無料で載せることができることが判りました。
早速、当工房で帆船模型輸送用のキャスター付き段ボール専用箱を、規格内の寸法で振動や衝撃に耐える様な緩衝材と空間の保持装置も工夫し完成させました。長崎でのほかの用件とも組み合わせ、JRが空いていた7月初旬を選んで、静岡~博多間の新幹線と博多~長崎間L特急のグリーン車による輸送事業を決行しました。グリーン車はシートピッチが広いので都合が良いし、「のぞみ」のグリーン車には荷物室があり、使える可能性があります。
7月21日金曜日午前8時10分静岡駅「ひかり」発、名古屋で「のぞみ」に乗り換え、親切なコンシェルジュが荷物室へ収納してくれて一安心! 博多駅で「カモメ」に。こちらも車内は空いていましたのでトラブルなく午後2時50分長崎駅に到着しました。静岡発後6時間40分所要。案ずるより産むが易しでした。経費は、ジパング倶楽部利用の割引運賃で通常運賃に1万円程度の支払い増で済みました。応急の補修機材も持参しましたが使うことはありませんでした。なお、輸送中は異様な大型荷物運搬に他の乗客からの疑いの眼差しを緩和するため「帆船模型サン・ファン・バウテイスタ号輸送中」の表示と模型の写真を箱に貼付し、事なきを得ました。その夜は、一人娘を嫁に出す父親の心境で、最後の夜をホテルの一室で二人静かに過ごしました。

翌朝、寄贈先のお宅へタクシーで搬送しました。一家挙げてサン・ファン・バウテイスタ号の到着を歓迎していただき、昼間からシャンパンの栓が抜かれ嫁入りを皆で祝いました。

後日談があります。寄贈先から連絡があり「カトリック教会長崎大司教区の髙見三明大司教へあの模型を寄贈したいと思うが許していただけるか?」と。話は、「髙見大司教お付きの方から、伊達の黒船が17世紀に訪欧した際、使節支倉常長に随伴した従者の一人に髙見大司教のご先祖が居られる。その船の模型があるなら是非とも譲っていただきたい。寄贈が叶えば近く完成する国宝長崎大浦天主堂の付属資料館へ展示したい。」との申し出でした。「求めよ さらば 与えられん!!」
聖職者からの要請は珍しいです。
船の模型は既に私から友人へ寄贈書を付して寄贈したものですから、当方には何ら異存はない旨を伝えました。船の模型は日を置かずして大司教の許へ届けられ、とても感謝されたとの連絡がありました。
新しく完成する資料館にウッデイージョー製、宮崎工房製作の「サン・ファン・バウテイスタ号」が展示されて、切支丹資料と共に内外からの多くの見学者に鑑賞されることになります。製作者としてはこれに過ぎる名誉はありません。資料館が完成した暁には訪ねたいと思っています。
素晴らしい模型キットの製作をされる㈱ウッデイージョーに重ねて深く感謝いたします。

 

サン・ファン・バウテイスタ号に関する事項概説

◎サン・ファン・バウテイスタ号の顛末
1613年(慶長18年)徳川家康から外交権を得た初代仙台藩主伊達政宗が、領内に滞在中のスペイン人セバスチャン・ビスカイノ提督の協力を得て同藩陸奥国領内で建造した和製スペイン風軍艦(ガレオン船)である。木材は全て仙台領内で切り出し、造船工800人、鍛冶700人、大工3000人(すべて延べ数)が従事して45日間で完成されたと言われている。藩主伊達政宗は、スペインとの貿易交渉の遣欧使節に藩士支倉常長(ハセクラツネナガ)を任命。慶長18年(1613年)9月15日ノベスパニア(現在のメキシコ)アカプルコを目指し、現在の宮城県牡鹿郡月浦港を出航。乗員180人乗組。困難な太平洋横断という外洋航海を経て出港約3か月後の12月16日アカプルコに到着。続いて宣教師ルイス・ソテロらと共に、別の船で大西洋を渡り欧州へ向かった。復路は慶長20年(1615年)4月1日アカプルコ出航、同年6月21日浦賀に帰着。第2回航海は、元和(1616年)6月20日浦賀を出港、復路は元和4年(1618年)6月20日ルソン島マニラに到着。同地でイスパニア海軍に売却され、同船は我が国に帰着することはなかった。

◎遠藤周作原作の小説「侍」
サン・ファン・バウテイスタ号は1980年(昭和55年)に発表された遠藤周作原作の小説「侍」の冒頭に登場する。困難な航海中の模様が詳細に表現されている。これは作者が留学生としてフランス船・マルセイエーズ号で渡仏した時の経験が反映されているものと考えられる。この作品について「現在の僕の心境は支倉の生き方、死に方の中に投影している」と遠藤周作が当時語っており、遠藤の私小説的な位置づけとなっている。

◎遠藤周作
1923年(大正12年)3月27日東京市巣鴨で生まれる。1948年(昭和22年)3月慶應義塾大学仏文科卒業。1950年(昭和25年)~1953年(昭和28年) 戦後初のフランス留学生として現代カトリック文学研究の為渡仏。1955年(昭和30年)7月第33回芥川賞受賞。そのほか文学関係の受章多数。1995年(平成7年)11月文化勲章受章。1996年(平成8年)9月29日午後6時36分慶應義塾大学病院にて死去。享年73。
2017年(平成29年)2月、遠藤周作原作の小説「沈黙」がアメリカのマーチン・スコセッシ監督により着想から25年目にして映画化されて、日本全国で上映され好評を博した。

宮崎様、大浦天主堂様へのバウティスタ展示に至る経緯をお知らせいただきまして、誠にありがとうございます。当社としましても当船が繋がりの深い方のもとに届けられたことを大変嬉しく思います。帆船模型の会ザ・ロープ様では「サン・フェリペ号」という船を同じく大浦天主堂への展示のため製作中だそうです。私も長崎へ行きたいです。

関連商品